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アルミンの実存的選択または脱マキャベリズム
善をなすことがどれほど困難だとしても、悪が生じるのは必然ではなく、人間の自由からである。
「夢」と現実との落差がどれほど大きいとしても、現実に屈するか現実を乗り越えるかを選ぶのは人間である。
だとすれば夢追い人は、夢のなかに描かれた、まぼろしのような理想の自己をあきらめてでも、そのような夢を見てしまった自分自身に対して、責任を引き受けねばならない。
そのような実存的選択の構図、すなわち、理想主義者やロマンティシストにおける実存的選択の構図を、サルトルの戯曲『悪魔と神』から引き出すことができました。
このことをふまえて、アルミンに戻りましょう。
もはやかれには、マキャベリストとしての素質を活かして「夢」のために戦うことはできません。ロマン主義者アルミンとマキャベリスト・アルミンは、もう決して両立させることができないのです。
だから、選ばねばなりません。エルヴィン団長の影を追う挫折したマキャベリストとして終わるか、さもなくば、何があってもみずからの「夢」を貫く自分であるかを。
アルミンは絶望のすえ、前者を選んだかに見えましたが、しかし最終的には、コニーとともに「世界を救う」決断をすることで、後者を選んだのでした(126話)。
自分自身に誠実であろうとするかぎり、かれは後者を選ぶしかなかったでしょう。
アルミンにとっての「ほんとうの自分」は、ロマンティックな夢追い人としての自分なのですから。
シガンシナ区の決戦で、親友と見た夢のために自分自身の命すら投げ出すことのできるアルミンこそが、かれ本来の姿であったのですから。
しかし、サルトルの描くゲッツが、自分自身に戻って「夢」の責任をとろうと決断したとき、冷酷な司令官として行動するしかなかったように、みずからの「夢」を貫こうと決断したアルミンもまた、かつての仲間が多数加わっているイェーガー派との対決を迫られます。
エレンを止めにいくための進路を阻むかれらと戦わずして、先に進むことはできそうにありません。
仲間を殺すというのは、ただの殺人にも増して忌まわしい悪といえましょう。
でもアルミンは、ロマン主義者として戦ってきた自分自身に責任をとるためには、中途半端なことはできないのです。
こうしてアルミンは「手も汚さず 正しくあろうとするなんて」断るといって、作戦を立案したのでした(128話)。
ロマン主義者としての自己を貫くために、かつての仲間を殺すこともやむなしという、もっとも血なまぐさい道を選んだアルミン。
この道もまた、マキャベリストの道であるように見えるかもしれません。
しかしながら、この道をアルミンが選ぶさいの準則が、マキャベリストのそれとはまったく異なるのです。
マキャベリストの準則は、目的のために手段を選ぶな、です。
その一方で「地鳴らし」発動後にアルミンが迫られた選択は、目的そのものを選びなおすこと、すなわち、自分が何者であるかを選びなおすことです。
そうやって選んだ自分に最後まで責任を負えるかどうかを、ここでアルミンは試されているのです。
だから、かれの「手も汚さず 正しくあろうとするなんて」というセリフは、マキャベリストの準則ではなく、アルミン自身の実存的選択を表明していると解すべきでしょう。
みずからの「夢」をまぼろしで終わらせない責任
ここには皮肉があります。
というのもアルミンの「夢」は、かれがマキャベリストの準則に従っていたときのほうがロマンティックな魅力を放っていたのに、かれがエルヴィンの影を追うことをやめた後にかえって残酷で醜い現実性を露わにしたのですから。
それは仕方ありません、現実の世界がそういうものなのですから。
壁外の世界も壁内と同じように「残酷な」世界でしかなかったのですから。
でも、それを思い知らされることなくして、アルミンは実存的選択を引き受けることができなかったでしょう。
自分の「夢」と現実とがどれほどかけ離れているかを、いやというほど痛感したことによって、夢追い人アルミンは、かれの実存をかけた最大の試練に立ち向かう準備が整ったのです。
かれが選んだのは、現実が「夢」とはどれほど違っても、幻滅と挫折のなかに沈むかわりに、その現実にとことん抵抗することでした。
だからアルミンは、突如パラディ島を襲った「バケモノ」だったはずのアニに向かって、自分もまた「とっくにバケモノ」なのだと名乗り出たのです。
そんな「バケモノ」としての自分を引き受ける覚悟を決めるまでは、いまだにアルミンは、かつての「夢」を頭の片隅で信じていました。
「エレンと一緒に未知の世界を旅するって約束」が実現するかもしれないという期待を、諦めきれなかったのです。
そう吐露するアルミンは、もはや「夢」を、親友との「約束」を、放棄したのでしょうか?
子供のころ見たままの「夢」としては、アルミンはそれを諦めたのでしょう。
壁外の世界は「僕らが夢見た世界とは違ったよ」と、かれは率直に認めます。
でもアルミンは、幻滅の先に、それでも「夢」を追うのだと宣言するのです。
「まだ... 僕らが知らない 壁の向こう側があるはずだと... 信じたいんだ」と(131話)。
この希望、この夢、この願望に、もはやロマンティックな魅力はほとんどありません。
それでもアルミンは、夢追い人としての自分を貫くしかないのです。
それこそが、それだけが、アルミンという実存の真理なのですから。
いまやアルミンは、みずからの「夢」の責任をとる覚悟を決めています。
だから、もうかれはエルヴィン団長の幻影には縛られません。
そして、このアルミンこそが、ハンジさんによって次の調査兵団団長に指名されたのです(132話)。
エルヴィン団長の代わりではない、かれ自身としてのアルミンこそが。
みずからの責任を引き受け、そのことによってみずからを解放し、自分自身へと戻ってきたアルミンこそが。